こんにちは、合同会社たいがの小西です。前回は経営戦略の話をさせて頂きましたが、今回は、経営戦略において最も大切な経営資源=ヒト・モノ・カネ、その中でもサービスの担い手であるヒトに関する話をさせて頂きます。
「良質な人材の確保が難しい」?
最初に介護事業所のIT導入を支援した際、私は介護業界のことを知らなかったので、いろんな本や資料を読みました。その際に非常に役立った資料の一つが(公財)介護労働安定センターが毎年行っている「介護労働実態調査」というレポートです。直近は令和5年度分調査です。
このレポートは、情報量が豊富でとても示唆に富むレポートですが、そこでいつも興味深いと思っていた質問と回答があります。
事業所(の管理者)宛の質問で「事業を運営する上での課題」(複数回答)を選択式で尋ねる質問があります。その回答のトップは「良質な人材の確保が難しい」(令和5年度では52.4%)でした。
私の知る限り、ここ数年、この質問に対する最も多い回答です。何年前からトップなのかまでは調べていませんが。
さて、何が興味深いかと言うと、この質問の選択肢に「"良質な"人材の確保が難しい」と書かれていることです。普通に「人材の確保が難しい」であれば気に留めることはありません。介護業界が慢性的な人手不足に陥っているのは周知の事実だからです。
また、人材会社などが"良質な人材"などという言葉を使うのは見慣れています。しかし、これが調査の選択回答なので目に留まった訳です。
ちなみに、法人規模別では50人以上の従業員を抱える事業体は60%近くがこれを選択しています。
何故"良質な"という形容詞をつけているのだろうか、という素朴な疑問と、これを選択する事業所の方は「"良質な人材"の確保が難しい」のか、それとも「"人材"の確保が難しい」のか、どちらなのだろうか、という疑問です。
まあ「良質な人材」を求めているのはどの業種のどの法人でも同じとはいえ。
ちなみに、この質問(事業を運営する上での課題)の回答の選択肢には、人材に関する質問として他に
・「介護従事者の介護業務に関する知識や技術が不足している」(全体で16.0%)
・「介護従事者の介護業務に臨む意欲や姿勢に問題がある」(全体で12.7%)
・「管理者の指導・管理能力が不足している」(全体で12.5%)
などがありますが、「人材の確保」関連ではこの選択肢しかありません。
わからないことは、私においては目下、AI先生に聞くのが一番です(笑)。と言っても、AI先生は質問票を作成した訳でも、また介護事業所経営者でもないため、彼の持っている情報に基づく推論でしかありませんが。
そこでまずは、これを回答した事業者さまの意図について、AI先生に推論でよいので見解を教えて欲しいとお願いした結果が下の回答でした。
面白い質問ですね。この「良質な人材の確保が難しい」という回答について、介護業界の背景を考慮すると、私の推測としては、**「良質な人材の確保」**に重点が置かれている可能性が高いです。理由は次の通りです。なるほど…そこでAI先生の言う「人は足りているが質に問題がある」や「人数も足りない上に、質も伴わない」に関し同レポートを参照したところ、以下のような質問と結果がありました。
1. 人材不足は業界全体の問題
介護業界では長年、そもそも十分な人材を確保するのが難しい状況にあります。日本の高齢化が進み、介護サービスの需要は増えている一方で、介護職員の待遇が他の職業に比べて良くないとされ、離職率が高いのも大きな問題です。そのため、単純に「人材の確保」自体が困難な状況が背景にあります。
2. 「良質な人材」へのこだわり
それに加えて、介護は利用者との密接な関わりを持つ仕事であり、単に数を確保すればいいというわけではなく、専門的なスキルと人間的なホスピタリティを兼ね備えた「良質な人材」が求められます。事業者にとって、スキルが不十分な人材や、コミュニケーションが苦手な人を雇うことでサービスの質が低下するリスクを避けたいという思いがあるはずです。
3. 人材確保と質のバランス 「人材の確保」自体が難しい状況で、さらに「良質な人材」を求めることは二重のハードルになります。したがって、事業者としては「人は足りているが質に問題がある」とか「人数も足りない上に、質も伴わない」といった状況に直面していることが多いと考えられます。 最終的には、単に人を確保するだけでなく、介護サービスの質を維持・向上するために、「質の高い」人材を確保することが特に難しいという認識が強いのではないでしょうか。
〇質問:事業所における過去1年間(2022.10.1~2023.9.30)に採用した従業員の人数や質をどのように評価していますか?
〇回答結果(全体)
・人数・質ともに確保できている 16.1%
・人数は確保できているが質は満足していない 16.5%
・質には満足だが、人数は確保できていない 20.0%
・人数・質ともに確保できていない 26.4%
・過去1年間採用なし 18.4%
・無回答 2.6%
どうやらAI先生は、この結果も参照して答えたものだと思われます。
次に私は、そもそも質問の選択肢に"良質な"という言葉がついていることの意図について質問しました。以下がその回答です。
「良質な人材の確保が難しい」という選択肢が介護業界の調査に存在していることは、他の業界ではあまり見られない特異な点です。これは介護業界特有の課題や歴史的な経緯を反映していると考えられます。AI先生の回答にある「歴史的な経緯」や「長年にわたり、単純に人数を確保するだけでは質の高いサービスを提供できないという課題」とは、長年にわたる離職率の高さや、過去、施設等において発生した諸々の事故、そしてそれに対応するための一連の施策(介護福祉士を頂点とするキャリアパス導入や「介護職員等特定処遇改善加算」導入など)などです。
まず、この「良質な」という表現が強調されている理由として、次の背景が考えられます。
1.過去の「質が低い」人材の経験
介護業界では長年にわたり、単純に人数を確保するだけでは質の高いサービスを提供できないという課題がありました。介護職員の離職率が高いため、人手不足を補うために新しい人材を急いで採用することも多かったと考えられます。しかし、こうした採用プロセスでスキルや適性を十分に確認せずに採用された人材が、必ずしも期待される質のサービスを提供できないケースが多かった可能性があります。その結果、事業者側に「人数は確保できても質に不満が残る」という経験が蓄積されたのではないでしょうか。
例えば、以下のような問題が考えられます:
・基本的な介護スキルが不足している
・利用者とのコミュニケーションがうまくいかない
・精神的・肉体的なストレスに耐えられず、早期に離職してしまう
これらの「質が低い」経験が重なり、事業者が「良質な」人材に焦点を当てるようになったと考えられます。
2. 介護の質が直接利用者の生活に影響する
介護業界では、提供するサービスが利用者の生活の質に直接影響を与えます。身体介助や認知症ケアなど、専門的な知識やスキルが必要な場面が多く、コミュニケーション力も欠かせません。このような現場で、単に人手を確保するだけではなく、スキル・態度・責任感を兼ね備えた「質の高い」人材が求められるのは当然と言えます。質が低い職員が増えると、利用者の満足度や安全性が低下し、事業者の評判や経営に悪影響を与えるリスクが高くなります。
3. 介護業界特有の定義としての「良質な人材」
他の業界で「良質な人材」という言葉をあまり見かけない理由は、介護業界に特有の基準や期待があるからだと考えられます。介護では、単なる技術的スキルだけでなく、思いやりや共感、耐久力、適応力が重要視されるため、他業種では暗黙的に期待される要素が、介護業界では「良質な」という言葉で明示されているのかもしれません。<以下略>
私としては勉強になりましたが、同時に、私の業界に置き換えると、
「ITスキルと知見を十分備え、仲間だけでなく顧客や利害関係者との円滑なコミュニケーションができ、タフな精神力を持ち、文句も言わず会社に忠誠を尽くし長く勤めあげるITエンジニアの確保は難しい」
まあ、"たいへん"難しいですね😦
さて、では当の従業員の皆さまは、どう考えているのでしょうか?
「良質な経営者の下で働くのは難しい」?
まず確認したのは「働く上での悩み、不安、不満等」です(複数回答)。これは全体で多い順に
・人手が足りない 49.9%
・仕事内容のわりに賃金が低い 37.5%
・身体的負担が大きい(腰痛や体力への不安) 29.3%
・精神的にきつい 22.5%
・健康面での不安(感染症やケガへの不安) 22.5%
です。訪問介護でも同様の傾向でしたので、 やはり、これらが業界全体としての従業員の悩みだと言うことです。
そして経営者や管理者ではなく、従業員が「人手が足りない」というのは、現場からの悲鳴と言う点で本当に深刻だと痛感します。
次に「職場での人間関係等の悩み、不満等」です(複数回答)。全体としては
・悩み・不満等なし 36.3%
・自分と合わない上司や同僚がいる 19.3%
・部下・後輩の指導が難しい 18.5%
・経営層や管理職等の管理能力が低い、業務の指示が不明確、不十分である 17.7%
・ケアの方法等について意見交換が不十分である 16.5%
です。自分と合わない上司や同僚は他の業界でもあるあるですが「部下・後輩の指導が難しい」は普通の業界でこれを「自分の悩み」として選択することは少ないのではないでしょうか。私はそれだけ「後進の指導」を自分のタスクとして認識されていることにいい意味で驚かされました。
そしてやはり注目したいのは「経営層や管理職等の管理能力が低い、業務の指示が不明確、不十分である」と「ケアの方法等について意見交換が不十分である」です。これに追加して「上司や同僚との仕事上の意思疎通がうまくいかない」(13.6%)や「経営層の介護の基本方針、理念が不明確である」(9.7%)も同種かもしれません。
これは広義の意味での従業員からの異議申し立てであり、事業者からの「良質な人材」要求に対する、従業員側からの「良質な経営者や管理者」要求に見えなくもありません。
そして、これらの比率が中堅層からベテラン(30歳~60歳)に多いというのも、彼らが介護サービス提供を支える中核であると言う意味で、うなづけます。
さて、このレポートでは非常に興味深いことに、直前職が介護職であった介護従事者に対し、直前職を辞めた理由を尋ねる質問があります。
(この調査対象は、事業所に雇用されている介護労働に従事する労働者ですから、現在も介護関連の仕事に就いているということでしょうが)
これによれば、
・職場の人間関係に問題がったため 34.3%
・法人や施設・事業所の理念や運営のあり方に不満があったため 26.3%
・他に良い仕事・職場があったため 19.9%
・収入が少なかったため 16.6%
彼らは離職したので「良質ではない人材」だったのでしょうか?
「良質な人材」と「良質な経営者」をつなぐもの
もちろん、事業所も離職の問題に何もしないわけではなく、施策を打っています。事業所に「実施した施策で効果があったと評価できる施策」の上位を確認すると
・仕事の内容は変えずに、労働時間や労働日を本人の希望で柔軟に対応している: 52.5%
・残業削減、有給休暇の取得促進、シフトの見直し等を進めている: 44.8%
・賃金水準を向上させている: 44.4%
・仕事と家庭(育児・介護)の両立を支援するための、休業・休暇・短時間労働などの法制度の活用を促進している: 43.6%
・託児所設置や保育費用支援等の法人独自の子育て支援策を設けている: 42.1%
という順で、広義の処遇改善や環境整備が早期離職防止・定着促進方策に有効と考えているようです。
ただし、託児所設置や保育費用支援等に取り組んでいる事業所自体は数が少ない(全体の7.9%)なので、留意が必要ですが。
一方、従業員から見た「働き続けるうえで役立っている職場の取り組み」の上位は
・ハラスメントのない人間関係のよい職場づくりをしている: 37.8%
・仕事の内容は変えずに、労働時間や労働日を本人の希望で柔軟に対応している: 35.9%
・職場のミーティング等で、介護の質を高めるための価値観や行動基準を共有している: 33.8%
・仕事上のコミュニケーションの円滑化を図っている(上司との定期的なミーティング、意見交換会など): 30.7%
・現場の裁量で自分たちの創意工夫を活かせられる: 29.4%
という順です。「賃金水準を向上させている」は19.0%に留まっているのが目を惹きます。
従業員が賃金含む処遇改善に興味がないわけではありませんが(仕事内容のわりに賃金が低い 37.5%)、ハラスメント対策はともかく(これは当然の施策です)、職場の取り組みとして広義のコミュニケーションや、これによる現場や介護の質の改善などを評価しているのは、何を意味しているのでしょうか?
「いやいや、いうほど賃金、上がってないし…」が「賃金水準を向上させている」19.0%の評価に留まっている理由かもしれません。しかし「人はパンのみにて生きるにあらず」。介護現場で働くことは、一般に低賃金で、きつい仕事であることを分かったうえで、この業界で働いているからです。
直前職を辞めた人たちの理由、特に「「理念や運営のあり方」の不満の具体的内容」(複数回答)の結果を見てみると、以下の通りでした
1) 経営の効率化やリスクを過度に重視しているため、介護の質の向上の取り組みが二の次になっていた:30.9%
2) 介護の質の向上の手法・方向性が自分の理想とは異なっていた: 30.6%
3) 無駄な業務が多く職員の業務量負担への配慮が弱かった: 30.0%
4) 仕事の仕方に関する職員の提案を、管理者が聞いてくれなかった: 28.2%
5) 法人や施設・事業所の理念自体に共感できなかった 26.0%
6) 職場の雰囲気の改善・利用者や家族からの圧力の防御など、職員をストレスから守る取り組みをしてくれなかった: 25.3%
7) 介護の質の向上の取り組みの理想を追いすぎて追い、それを遂行するための職員の体制や処遇が追い付かなかった: 20.7%
パッと見て「これ、もう少し、事業所の管理者と従業員が話ができていれば、離職はある程度防げただけでなく、職場の改善にもつながったのではないか?」
と思うのは、私だけでしょうか?
経営として「効率化やリスクの重視」は必要なことです。それを説得したうえで「介護の質の向上の取り組みをどう組み込むか、などを彼/彼女と共に考えるのもよかったかもしれません。なぜなら、介護の質は「良質な人材」の要素の一つなのですから。
また「無駄な業務が多く」については、まさに現場主導の業務改善のいいチャンスなので、「何が無駄だと思いますか?」や、場合によっては「では、他の介護職員と協力して「無駄な業務」を洗い出してみてください」などと依頼できたかもしれません。私ならそうします。それにより、彼/彼女の不満が本物かどうかも、わかるからです。
加えて「仕事の仕方に関する提案」などは、管理者にとっては本来、ウェルカムなはずです。
もちろん、経営者や管理者にしてみれば「大変な状況だと言うことを、彼らは分かっていない」かもしれませんし、結局はただの「後付け文句」だけかもしれません(私も若い頃の自分を振り返ると汗が出ます😓)。しかし、逆に厳しい状況だからこそ
「では、あなたも一緒に、考えてみてよ」
はアリなのではないかと思うわけです。とくに経営者・管理者と従業員との間でそれほど距離が遠くない中堅・中小事業所においては。
「三人寄れば文殊の知恵」とも言いますし、彼らは、次の事業所経営を担う人材の候補でもある訳です。そして、この手の対話を通して培うコミュニケーション能力もまた「良質な人材」の要素の一つのはずですから。
まとめと次回
この調査では従業員に対する「仕事のやりがい・働きがい」という調査項目(複数回答)があり、「利用者の援助・支援や生活改善につながる」(36.4%)や「福祉に貢献できる」(28.0%)、 「専門性が発揮できる」(25.8%)、そして「仕事が楽しい」(24.2%)などが上位に入っています。介護の仕事に対するモチベーションは総じて高いように思えます。ただし、「「いずれもあてはまらない」(≒特にない)の割合が近年は増加傾向となっている」(レポートより)ということですが。
また、事業所も「仕事上のコミュニケーションの円滑化(上司との定期面談、定期的なミーティング、意見交換会など)」を、早期離職防止・定着促進を図るために取り組んでいる重要な施策としているようです(65.4%)。ただし、これが効果があると判断しているのは38.4%ですが。
私はコミュニケーションが大切だからと言って何でも話すべき、などとは思っていません。抱えている問題と考える視点が異なるからです。しかし、先に出た業務改善や介護の質などの話、あるいは利用者や家族からの圧力の防御などについては、同じ介護に身を置く者同士として、かなりの程度、率直な会話ができるはずだと思います。
もちろん、そこにも目線の違いはあるかもしれませんが、その目線の違いを超えて、何らかの知恵やアイデアが出るかもしれません。そして、それが先の回答にある「現場の裁量で自分たちの創意工夫を活かせられる」(29.4%)職場になれば、従業員のモチベーションも上がるだろうし、事業所=経営者・管理者にとっても良いことだと思うからです。
もし、このような話すら率直にできていないのであれば、その阻害要因は何なのでしょうか? これはもちろん、経営者・管理者が考えるべき問題です。
次回は、間接業務の効率化について考えてみたいと思います。というのも、「事業を運営する上での課題」の第三位に「指定介護サービス提供に関する書類作成が煩雑で、時間に追われている」(38.0%)に挙げられているからです。
それでは、次回も、よろしくお願い申し上げます。