基本報酬引き下げ下の訪問介護の経営(5)ー正しく「囲い込む」

 

顧客マネージメント(CRM)

こんにちは。合同会社たいがの小西です。今日は介護の世界ではネガティブワード?である「囲い込み」について考えたいと思います。

マーケティング用語としての「囲い込み」

Google検索で「顧客 囲い込み」で検索すると、約 200,000 件ヒットします。
その検索結果の冒頭のページに「関連する質問」として「顧客の囲い込みとは?」というのがありました。

「顧客の囲い込みとは メーカーや小売業が現在の顧客を永続的な顧客として固定客化・ファン化させることをいいます。 その狙いは、固定客の比率を拡大し、リピート購買、連続購買を促すことで、長期継続的で安定した売上拡大を図ることにあります。」
つまり、この言葉自体はマーケティング用語です。

なぜ「顧客の囲い込み」が重要なのか?それは新規の顧客獲得には時間もコストもかかるので、既存の顧客と継続して取引することで顧客1人当たりの売上(これを「顧客単価」という)を上げるためであり、これは小売りやメーカーだけでなく、営利の事業体は全て推進しています。
その具体例が、ポイント制(ポイントアプリ)などです。

では、介護における「囲い込み」が何故批判されるのか?言うまでもなく、顧客単価を上げるため過剰な公的介護サービス提供の傾向が強いこと、そして何より、本来は、利用者の状態に必要なケアをどの事業所が最も適切に提供できるかを判断しケアプランを考えると言うケアマネジメントの中立性が損なわれるからです。

なので、私は財務省はあまり好きではありませんが(笑)、
財務省、介護費抑制へ集合住宅の囲い込みに照準 外付けサービスの上限の厳格化を要請
は当然だと思います。

しかし逆に、こうした公的サービスを使わない「一般事業の囲い込み」であれば構わない、という話でもあります。もちろん、顧客を騙したり、半ば強制させる、などはNGですが。

加えて「囲い込まれる」顧客にとっても、メリットもあります。
ポイントによる割引などに加え、顧客は店が自分のことを理解してくれた上で、顧客にとって利便性や、ホスピタリティあるサービスを提供してくれるという安心感です。

特に顧客にとって大切なサービスについては「別の店に乗り換える」ことは容易ではありません。たとえ、値段が多少高いと思っても、別の新たな店を探す手間とリスク(もし、良いサービスでなければ、また探さないといけない)がかかりますから。

これをマーケティングでは顧客側の「スイッチング・コスト」と言います。

「介護サービスの質」を達成するにはトータルケアが必要

前回、AI先生に介護サービスの質について質問したところ、質を構成する要素として「ケアの継続性・連携」と「環境の整備」を挙げていました。特に「環境の整備」については「転倒しにくい住環境や、利用者の趣味や興味をサポートできる空間づくりなどが含まれる」と答えていました。

私ははじめこの二つを見た時ちょっと違和感を感じました。というのも、私が「サービスの質」と言う言葉で勝手に想定していたのは、介護職員が直接提供するサービスに関する質の話だと思っていたからです。

だが、これを「トータルなケア」という観点で考えた場合に合点がいきました。
前回出た口腔連携強化加算は歯科医と介護職員の連携ですが、これは介護職員が口腔ケアというサービスを提供するわけではありません。
しかし、利用者の状況をチェックし、必要かもしれないケアをケアマネ等に打診しケアプランに組み込む努力をすること自体が「介護職員の利用者へのサービス」と言うことです。

「環境整備」も同様です。利用者の状態は変わります。そこで、当初導入した住宅改修に追加の改修が必要になる場合や、改修までは必要ないが、風呂場の浴槽に福祉用具の手すりを追加したほうが良いなども出てくるかもしれません。

これも実際には追加の住宅改修や福祉用具を提供するのは当の介護職員ではないでしょうが、先の利用者の状況をチェックし、利用者の不便をケアマネ等に報告し対策検討の土俵に上げること自体が「介護職員の利用者へのサービス」と言うことです。

では「利用者の趣味や興味をサポートできる空間づくりなど」とは何でしょうか?
「いやいや、それは介護保険では無理でしょ? だって、庭の草むしりですらダメなんだから」
全く仰る通りです、「介護保険の枠内」ならば。

正しく「囲い込む」

そもそもあるべき介護とは何でしょうか?というと初任者研修のテキストのようですが、やはりそれは、介護を受ける方の自立を促進し、QOLを最大限に高めるための一連の支援を提供することです。

そしてQOLとは、端的にはその人が精神的にも社会的にも自分らしい生き方ができることです。

なので先の「利用者の趣味や興味をサポートできる空間づくりなど」はQOLの観点において必要なサポートのはずです。
それが単に、介護保険という枠内では提供できないと言うだけです。
と言って、私は「利用者の趣味や興味のサポートも、介護保険内で提供すべきだ!」などと言うつもりはありません。公的保険のこの制約は当然だと思っています。
(私の親族の一人は競馬が趣味で、もしQOLの維持のために介護保険から競馬代が出たら、さぞ、喜んだかもしれませんが)

さて、訪問介護においては、介護職員は利用者と接する機会が多いです。そして「ケアのプロ」として利用者の状況を随時チェックする能力があるという前提から、先の連携加算などの機会も与えられています。

結局、これが「アドボカシー」(ケースアドボカシー)です。
(「アドボカシーはなぜ介護・福祉に必要?ケース別で具体的な対応方法も紹介」この記事は「権利擁護」などの小難しい言葉を使わず、アドボカシーを分かりやすく、そして具体的に説明していると思います)

であれば、訪問介護員なり事業所は、自分たちが提供できるかどうかとか、介護保険の適用枠内かどうかに関わらず、利用者のアドボケイトとして、利用者のQOL向上のためにできることを考えてみたらどうか、と思います。

そこから何か新しいサービス提供などの可能性もあるかもしれませんし、何より、そうした積み重ねが利用者にとって真に頼れる介護職員、あるいは介護事業所につながるのではないでしょうか。
もし、そうなれば、これが結果としての「利用者の囲い込み」です。
前述した「囲い込まれる顧客にとってのメリット」を思い出してください。

(もちろん、先のアドボカシーのリンクにある「アドボカシー視点を重視した支援をする時のポイント」を抑えないと、信頼は得られないと思いますが)

そしてその中で「利用者にとっては必要だが、介護保険は適用できないサポート」が出てくるなら、結果として「介護保険外サービス」で提供すればいいのだと思います。

まとめと次回

今回は「囲い込み」という言葉がマーケティング用語でもあること、そして、マーケティングにおける「囲い込み」は顧客にとってもメリットがあることを話しました。

そして、介護においてサービスの質を高めるにはトータルケアが必要であり、そのためには利用者の状況をチェックし、利用者の要望や課題を発見する力が必要であること、それがアドボカシーであり、また、それができる可能性が高いのは、もっとも利用者と頻繁に接している介護のプロである訪問介護員であり、事業所であることも話しました。

そして、この積み重ねが利用者からの信頼につながり、それが結果としての「囲い込み」になることも。そして、真に利用者にとって必要であれば介護保険外サービスの提供も考えるべきということも。

さて、私は以前に
基本報酬引き下げ下の訪問介護の経営(2)ー訪問回数を増やせばよい?
の中で、単価よりも訪問回数について、懐疑的な意見を申し上げました。

それは、実のところ単価や訪問回数の問題ではなく、効率性を重視するサービス提供か、それとも利用者の自立やQOLを重視する厚いサービス提供か、という問題提起でもありました。

また、先に私が申しあげた「そこから何か新しいサービス提供などの可能性もあるかもしれません」などは、介護保険で規定されている「訪問介護」の枠を超える話かもしれません。

次回は、これに絡んで経営戦略の話をしたいと思います。集中化、あるいは差別化です。

それでは、次回もよろしくお願い申し上げます。