基本報酬引き下げ下の訪問介護の経営(3)ー「生産性」について

「生産性」を上げるために追われている人

こんにちは。合同会社たいがの小西です。前回はWAMNETのレポート「2022 年度 訪問介護の経営状況について」に関し、サービス提供回数に着目して考えました。

今回は、このレポートに基づき「生産性」という観点に焦点を当てて、考えてみたいと思います。
(と言っても、レポートでは「生産性」という言葉自体は、使われていません。これが本レポートのいい意味での抑制された姿勢であると思っています)

「生産性」=アウトプット÷インプット と言われますが…

生産性は、アウトプット÷インプット、つまりインプット1単位あたりのアウトプットを表し、このアウトプットが大きいほどよい、という効率性指標です。

では財務上はどうでしょうか? ある生産要素(労働者、機械など)に対する生産性とは、アウトプットは売上高や付加価値額(≒粗利)であり、インプットはその生産要素の数や稼働回数、時間、さらにはその費用で測られます。

で、訪問介護含めたサービス業の場合は、人がサービスを提供する結果の売上や利益ですから、一般に「労働生産性」がポイントとなります。
具体的には一人当たり売上高や付加価値額(売上あるいは付加価値額÷従業員数)、あるいは、従業員1人当たりの売上高に対する人件費(1人当たり売上高÷1人当たり人件費)、などです。

では、これをWAMNETのレポートから見たいと思います。

「生産性」比較

まず、従業員1人当たり売上高を見ると全体・社福・営利法人全てにおいて、赤字事業所が最も低いことがわかります。平均の8割、黒字企業の7割程度です。

つぎに、「従業員1人当たりの売上高に対する人件費の比率」を見ると、これも赤字事業所が最も低いことがわかります。

この数値は「人件費1円当たりで売上はいくら上げているか?」ということですが、リアル感を持たせるため、仮に月の従業員1人の人件費を30万円としたとき、
・全体では、平均:40.4万円、黒字:45万円、赤字:32万円 のそれぞれ1人当たり売上
・社福では、平均35.4万円、黒字:39.5万円、赤字:29万円 のそれぞれ1人当たり売上
・営利法人では、平均:51.8万円、黒字:55万円、赤字:42.8万円 のそれぞれ1人当たり売上
であることを示しています。

従業員1人当たりの人件費が平均、黒字事業所、赤字事業所ともにそれほど大きな違いがないことを考えると、上で話した、「従業員を基準に置いた場合の、売上を上げる効率性の違い」が、数字上は明らかです。

ちなみに、この従業員1人当たり売上高に対する人件費の逆数が、人件費率です。
ですので、人件費率が高いと言うことは、この効率性が低いということになります。

「労働生産性」ではなく「売上効率性」

単純に労働生産性を上げるなら、もっとも手っ取り早いのは人件費を削減することです。
数字上では、赤字事業所でも売上はそのまま現状維持で、人件費率を平均、あるいは黒字事業所と同水準にすれば、黒字は達成できるからです。

しかし、現実的には、ただでさえ介護職の報酬は他業界に比して低い、その上人手不足の折に、現行の給与水準を引き下げることは、より一層の離職を招くことになりますから、ありえない話です。

「しかし、うちの従業員の労働生産性は同業他社に比べ低い! もっと働かさないといけない!😤」でしょうか?(笑) もちろん、労働生産性が低いのは従業員のせいではなく、構造的なものです。

本レポートで示唆された「サービス提供回数を増やす」ことも、まさに現在の経営構造=売上の上げ方=を変えることです。従ってそれは「売上を効率的に上げる方法」でもあります。

従って「労働生産性」というと、どうしても労働の担い手である介護職員の方に目を向けがちになるので、「売上効率性」という言葉の方がふさわしいように思えます。

さて、では売上を効率的に上げるためには、何をすればよいのでしょうか?
まあ、これが分かり、かつ即座に実行に移せることができるなら、苦労はないのですが(苦笑)。

よく労働生産性の話ではITの活用や、業務改善に関するキーワード(3M(ムリ・ムダ・ムラ)や5Sなど)が出てきます。
結果としてはその通りなのですが(そして私もそうしたコンサルティングを行いますが)、重要なことは
生産性=売上を効率的に上げることと、それら施策がどう結びついているのか?
を明確に意識した上でないと、的外れ、あるいは遠回りな施策になるということです。

例えば、ある事業所では介護職員のスキル不足により求められるサービスが提供できず利用者が獲得できない、あるいは品質が悪く、ケアマネや地域包括支援センターなどからの紹介が少ないため、売上チャンスを逃している場合に
「解決策は、IT導入と5Sです!😤」
と私が経営者の方に言えば、「?このヒト、何、言ってんだ??…」となるでしょう(笑)。

この場合の解決施策は短期的にはスキルある人を採用する、そして中長期的には教育、あるいは当面はスキルを要しない支援にフォーカスするなどになります。

しかし、「スキル不足」という言葉の中に、介護スキルの問題ではなく、利用者情報が職員に伝達されておらず、それにより利用者の不信を招き解約になったなどのケースが相当あったとします。
で、その理由が「利用者情報がどこにあるか、わからない」⇒「利用者情報が整理されていないから」であれば、ここではじめて「S(整理・整頓)」と売上の関係性が明確になり、事業所として取り組むべき施策の候補となります。

また、書類作成などに時間を要し、本来訪問できる利用者へのサービスが提供できず売上チャンスを逃していることが判った場合、ここで初めて書類作成を効率化できるITと売上の関係が明確になり、事業所として取り組むべき施策の候補となります。

何が言いたいか? 要は各事業所さまの置かれた状況に基づき「売上を効率的に上げる」を阻害する原因を分析し探り当て、そして問題の優先順位付けをすることが、まずは必要で、施策を考えるのはその後だということです。

なぜなら中小企業さまにおいては、会社の資源(ヒト・モノ・カネ)の制約が大きいです。従って、まさに生産性(効率)の高い施策を打つこと=この際の「生産性の高い施策」とは、できるだけ解決すれば効果がある問題に対して手を打つことです。何故ならそれが解決することによるリターン(アウトプット)が最も大きいからです。

これに関しては、また、別記事で、詳しく話す予定です。

「利用者にとって価値のあるサービスを提供する」は「収入単価を上げること」

前回の記事で私は「「利用者に価値のあるサービス」を提供する訪問介護事業所、2024年度介護報酬改定が経営の後押しとなる可能性—WAM」のタイトルの意味がわからない、と言いました。

しかしレポートを読むと、「おわりに」の章で、以下の文章がありました。

(令和6年度の訪問介護の基本報酬引き下げは)もともとサービス活動増減差額が少なかった事業所の経営への打撃が懸念される。

一方で、介護職員等処遇改善加算の加算率は高く設定されており、口腔連携強化加算の新設や特定事業所加算において看取り対応が評価されるなど、職員の処遇改善に取り組み、質の高いケアを提供する事業所にとってプラスとなる改定も含まれている。

厳しい経営環境にあることに変わりはないが、利用者にとって価値のあるサービスを提供する事業所の経営の後押しとなることが望まれる。
要は、利用者にとって価値のあるサービスを提供したいと考える事業所さまは、これらの加算を取得することにより、経営の後押し=これは加算による売上だけでなく、待遇や職場環境等の整備により、課題である人材採用やその定着にも寄与することになる=可能性がある、ということです。

私は、この考えに賛成で、加算取得により、加算だけでなく、待遇や職場環境改善になりうる施策こそ、リソースに限りがある、中小の訪問介護事業所さまが目指すべき施策だと思います。なぜなら、これは売上確保と人材確保の2つの大きな課題に対し対応しうる施策であり、かつ、一般的には、教育等と比較すると比較的即効性のある施策に思えること、および「分かりやすい」からです。

なお、これを売上の観点でとらえれば、加算を取得することで単位数を上げる、つまり、収入単価を上げる(少なくとも、報酬引き下げの影響をカバーする)ことを意味しています。
なので、本レポートも決して「サービス提供回数を増やすこと」だけを示唆しているわけではない、ということです。

確かに加算の取得は手間がかかり維持も大変ですし、取得すれば利用者の費用負担も増えるので躊躇するお気持ちもわかります。
しかし、これにより利用者さまに対して価値の高いサービスを提供すれば、利用者さまも納得されると思います。
「価値が高い」とは、利用者さま目線では「1回のサービス提供で、満足度が高いサービス」つまり、「生産性」という言葉の裏返しである「コスパのよい」サービスを受けることができるのですから。

まとめ(次回)

私はこれまで「効率性向上」や「生産性向上」の仕事にコンサルタントとして携わってきましたが、最近、これらの言葉に、ちょっとうんざりしていました。
というのも、この言葉を盾に、本来の仕事の目的や意義が、軽視されてきているように思えるからです。
(特に、介護においてはこの問題は重要ではないでしょうか)

また、生産性と言うと、いつも聞くのが「日本の生産性は低い」とか「サービス業の生産性は低い」などの話です。で、そこから「無駄な仕事が多いから」や「過剰サービスが多いから」など、粗雑なハナシになりがちです。
これまで長く続いたデフレ基調(そもそも価格が上がらなければ分子である売上や付加価値額は増えない)などを全く無視した話だからです。

そのような意味もあって、今回、私は「生産性」と言う言葉を紐解き、結局それは売上を効率的に上げること、そしてそれは従業員の問題だけではなく、会社(事業所)の構造であることを書きました。

また「生産性」を上げるためには、正確に現状の問題を把握する必要性についても触れました。

次回は、本レポートに最後にあった「利用者にとって価値のあるサービス」について考えてみたいと思います。なぜなら、これこそが、以前にAI先生から承った?「訪問介護の意義」につながるからです。

それでは、次回もよろしくお願い申し上げます。