基本報酬引き下げ下の訪問介護の経営(2)ー訪問回数を増やせばよい?

走り回る訪問介護員

こんにちは。合同会社たいがの小西です。今回も前回に引き続き、訪問介護の経営に関する話をさせていただきます。

前回も書きましたが、私がこれに興味を持ったのはWebで見た訪問介護に関する記事がきっかけでした。そこで本当にそうなのかを知るために
訪問介護の基本報酬引き下げで、訪問介護の事業が「赤字」転落、直行直帰型ヘルパーを中心に人材不足が深刻化—コープ福祉機構」を読み、もっと詳細を知りたいと思い、たどり着いたのが
「利用者に価値のあるサービス」を提供する訪問介護事業所、2024年度介護報酬改定が経営の後押しとなる可能性—WAM
という記事でした。

ただ、私が専門家でないからか、記事の内容とタイトルの結びつきがよくわかりませんでした。
そこで記事で紹介されていた独立行政法人福祉医療機構さまの「2022 年度 訪問介護の経営状況について」というレポートを読んでみようと思ったのです。

このレポートは、訪問介護を行う各種法人(社会福祉法人(以下「社福」)と営利法人、そしてその他の法人(医療法人、NPO等))について、全体、社福、営利法人の経営状況を分析しています。
分析には、決算状況だけではなく、同一建物減算の経営に及ぼす影響や、黒字事業所と赤字事業所のサービス提供内容の構成の違いなど、非常に示唆に富む分析がなされています。
自社の経営を数値から振り返る際には、本当に有益な情報だと思われます。

レポートの概要

まずは、非常に大雑把に、レポートの概要を私の言葉で表現させて頂きます。
なお、分かりやすさを優先して、以下の言葉を使わせて頂きます。
・サービス活動収益→売上高
・サービス活動増減差額→営業利益

1.前年度と比較した2022年度の全体の経営状況
1) 売上高は微増(約2.5%増)したが、営業利益率は減少(マイナス1.5%)
2) 赤字事業所も増加→調査対象法人の約43%が赤字企業

2.黒字事業所と赤字事業所の違い
1) 売上高に関して
・ 黒字事業所の方が赤字事業所より売上高は2倍近く高い
(社福平均においては約2倍弱、営利法人平均においては約1.5倍)
2) 人件費に関して
・ 売上に対する人件費の割合(人件費率)が赤字事業所は高い
・ 従業員数は黒字事業所の方が多く、従業員1人当たりの人件費は黒字、赤字ほぼ変わらない
・ つまり、人件費額は黒字事業所の方が大きいが、分母である売上高の差が人件費率の違いとして表れている

3.売上高の違いの要因 (注: 「売上高=平均収入単価×サービス提供回数」です)
1) 収入単価は赤字事業所の方がよい
2) サービス提供回数は、黒字事業所は、赤字事業所の2倍近く多い
3) つまり、サービス提供回数の顕著な違いが黒字事業所と赤字事業所の売上の違いに大きく影響している
4) また、営利法人の黒字事業所では、サービス提供における、身体0(身体介護_20分未満)の比率が高い(48.8%)
5)これは、営利法人の黒字事業所では、単価(単位数)の低いサービスを数多く実施する事業所が多く、これが「単価よりもサービス提供回数に比重を置き、売上を上げる」ことを示している

4.同一建物減算の影響に関して
1) 同一建物減算に関しては社福、営利法人とも、減算ありの事業所の方が営業利益率は高い  
2) つまり、減算のマイナス影響を「サービス提供回数の多さでカバーしている」とみることができる

あらためて、大変、示唆に富むレポートだと思います。そして、「多少、収入単価は低くても、サービス提供回数を増やすことで売上を伸ばす」考え方などについても。
ただし、これはあくまで「平均値」での比較であるため、調査対象法人の母数のばらつき等の関する留意も必要ですが。

さて…では、仮に赤字の事業所がサービス提供回数を増やせば、経営状況はどうなるか? 
レポートにある、営利法人の黒字、赤字、それぞれの事業所平均データを元に、試算してみたいと思います。

(本当は調査数の多い社福のデータで試算したかったのですが、社福の赤字事業所の売上に対する人件費率が103.6%(これだけで赤字)と高く効果が見えにくいため、営利法人のデータを使います)

サービス提供回数を増やせば経営は改善するか?

図表5_抜粋加工
この表はレポートの「(図表 5)2022 年度 営利法人の経営状況」を抜粋、加工したものです。

これは営利法人の全体平均・黒字事業所、赤字企業所それぞれの平均の経営状況を示した表です。原表では、加算の取得状況等のデータなどもありますが、これらは今回使用しないので省略しました。また、各経費については原表では率の表示でしたが、ここでは売上から率を乗じて額を算出しています。

このデータを使い、何をしたいかと言うと
「もし赤字事業所が黒字事業所のようにサービス提供回数を増やせば、収支はどうなるか?」
です。

しかし、表の通り
・黒字事業所と赤字事業所では、従業員数や利用実人員数(以下「実利用者数」)など規模が異なるため、黒字事業所の総サービス提供回数をそのまま適用するのは妥当ではない
(利用者の介護保険利用限度額を超えた提供回数になる恐れがある)
・収支計算にあたり、赤字事業所の経費率がそのままであれば、赤字のまま(合計の経費率が100%を超えているから赤字だから)
なので、売上・経費ともに、何らかの仮定を置くことが必要になります。

売上=総サービス提供回数×(平均)収入単価 です。
サービス提供回数については、黒字事業所が実利用者1人に提供しているサービス回数を適用することにします。これにより、赤字事業所の実利用者数を変えないこと、および、介護保険枠で提供できるサービス提供回数なので、妥当性があります。

一方、収入単価については、レポートでは提供回数が多いほど、収入単価は低いことが示唆されています。また、短時間の介護を数多くこなすことで回数を増やすと言うのは妥当性もあります。そこでここでは、黒字事業所と同じ収入単価を使います。つまり

(総サービス提供回数 = 赤字事業所の実利用者数 × 黒字事業所の利用実人員 1 人当たりサービス提供回数) × 黒字事業所の収入単価
で売上高を算出します。

一方、経費については、そう簡単ではありません。そこで、以下の表をご覧ください。
附表2をグラフ化

これは同レポートにある「(附表 2)2022 年度 1 月当たりサービス提供回数別の経営状況(営利法人)」という表に基づき作成したグラフです。表のタイトル通り、営利法人の 1 月当たりサービス提供回数別の売上、経費率等を示したもので、本来の本表の趣旨はサービス提供回数の多い事業所が、売上、営業利益利益率とも高いことを示した表です(それ以外にも、示唆に富む内容が本附表にはあります)。

一方、サービス提供回数は売上高と比例するので、これは売上規模別の平均的な収支構造を示すものとも理解できます。

グラフからは
・売上規模(棒グラフ)が上がるにつれ「人件費」と「経費」も上がる傾向にある
・「減価償却費」と「その他の費用」は売上高との関係は明確ではない
が見て取れます。

そこで
・「人件費」および「経費」については、このデータを用いて「売上1%の伸びに対し、それぞれの経費はいくら伸びるのか?」で計算する
・「減価償却費」「その他の費用」については、敢えて、現状のそれぞれの費用額をそのまま使用する(売上が上がっても費用は増えない固定費と考える)
とします。
(「変化量」ではなく「変化率」にしたのは理由がありますが、長くなるので割愛します。なお、それぞれの変化率は売上との対数変換による回帰式で導いた回帰係数を適用します)

この前提のもとに、試算した結果が以下の通りです。

赤字事業所がサービス提供回数を増やした場合

結果は、売上は7.4百万円ほど上がり、営業利益も1.8百万円ほど改善しましたが、赤字は変わらずマイナス5.5百万円でした。

もちろん、これは詳細データ(人件費含む経費の内訳など)がない中での仮定に基づく試算です。従って、個々の事業所さまで試算される場合には、事業所データを用いた積み上げによる、もっと妥当で精度の良い試算結果がでるはずなので、一度、余裕があれば、自社でも試算してみてはいかがでしょうか。

どのようにサービス提供回数を増やすのか?

では、赤字の事業所は、どのようにサービス提供回数を増やすことができるでしょうか?

まず、介護職員さまの「余力」という点では、介護職員1人 ひと月当たり提供回数で見ると、平均で146.4回、黒字事業所で165.9回 赤字事業所では98.2回ですので、「他事業所との比較においては」回数を増やすことは可能のように見えます。ちなみに、先に試算した、黒字事業所水準並みにサービス提供回数を増やした場合の赤字事業所のサービス提供回数は137.0回となります。

ただし、平均的にサービス提供1回あたりどれくらいの時間を要するか、および、1回の訪問移動時間や、訪問と訪問のスキマ時間などは事業所さまの事情により異なります。
そして何より、雇用形態や介護職員の勤務できる時間なども事業所さまのご事情が異なります。派遣会社経由のヘルパーや、登録ヘルパー主体の事業所 さまなどは、簡単に事業所都合での配置はできないと思うので。

ちなみにサービス提供時間については、赤字事業所の単位単価が高いことや、前述の通り「営利法人の黒字事業所では、サービス提供における、身体0(身体介護_20分未満)の比率が高い(48.8%)」からも、サービス提供1回あたりの時間は赤字事業所さまの方が長いと言えるでしょう。

また、移動時間に関しても、先に経費の仮定を置く際に利用した「(附表 2)2022 年度 1 月当たりサービス提供回数別の経営状況(営利法人)」では、サービス提供回数が低いところほど平均訪問移動時間は短いという傾向が表れており、
・全体平均の1月当たりサービス提供回数(1,595.8回)と黒字事業所の回数(1,858.3回)が含まれる「1500回以上2000回未満」での平均訪問移動時間は、11分
・赤字事業所の提供回数(981.8回)が含まれる「500回以上1000回未満」での平均訪問移動時間は、15.6分
ですので、これも赤字事業所さまの方が長いと思われます。
(たとえ平均4分程度の差でも「塵も積もれば…」しかも「平均値」ですから、当然、ばらつきが発生します)

しかし一番の問題は
「そもそも、既存の利用者さまに対し、サービス提供回数を増やせるのか?」
です。

既にサービス担当者会議を経て確定したケアプランに基づき訪問介護計画が策定されていること、この計画は当たり前ながら利用者の支援を目的とするものですから、事業所の利益に基づく変更などはありえないはずです。もちろん「利用者のために支援の変更が必要」ならば話は違いますが、その際には、利用者の介護保険利用限度額や、他の居宅サービスを使用している場合はその調整等が必要になります。
その意味で「経営を改善する」観点に絞っても、あまり即効性のある方法には思えません。

そこで考えられるのは「新規の利用者さまを獲得し、サービス提供回数を上げる」ですが…現状の訪問介護業界で言われる「新規利用者の受け入れが難しい」は、人員不足の中でのアセスメント等に基づく訪問介護計画策定と、これに基づく介護職員さまの配置・スケジュール変更等に手間がかかるため受け入れが難しい、だと思われるので、これもまた簡単ではない話です。

まとめ

売上を利用者の観点で見た時は、売上 = [利用者1人当たりのサービス提供回数 × 利用者1人当たりの平均収入単価] × 利用者数 です。
サービス業や小売業では、[利用者1人当たりのサービス提供回数 × 利用者1人当たりの平均収入単価]は「顧客単価」とも呼ばれ、彼らの経営においては重要な指標です。

このレポートは2022年度の傾向の分析ですが、サービス提供回数への注目は、令和6年の訪問介護の基本報酬引き下げによる収入単価の引き下げへの、顧客単価維持のための対応の先駆け、と見えなくもありません。もちろん、先述の通り「では、どうやってサービス提供回数を増やすのか?」は簡単ではありませんが。

なお、本レポートでの「(附表 2)2022 年度 1 月当たりサービス提供回数別の経営状況(営利法人)」は、サービス提供回数別カテゴリに、それぞれの企業数およびその中での赤字事業所割合の数値もあります。そこで各カテゴリの赤字事業所数を算出し、サービス提供回数の少ないカテゴリからそれを累積していくと、訪問回数1500回未満(売上平均60,217千円)までの赤字事業所が全体の約77%を占めます。
従って「代表的な赤字企業」は上で示した平均としての赤字企業より、売上も低く、各数値も異なったものになるでしょう。

いずれにせよ、この中でどのように生き残りをかけて経営改善をしていくか? そう簡単ではないことは理解していますが、逆に附表2からは「中小規模の事業所でも黒字である事業所も多い」ことも読み取れるので、そこから何か有益な示唆を得ることができるかもしれません。

次回は、引き続き、このレポートから引き出せることとして、厚生労働省も推し進めている「生産性」の話を考えてみたいと思います。
それでは、次回も、よろしくお願い申し上げます。